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お父さんの日記

こころの病になった専業主夫りくと家族の物語

めでたい。。。

コロナ前に会ったっきり会ってなかった、卒園児のCちゃんがサクランボもって我が家にやってきた日曜日。
「先生、11月に結婚するのー。」

え?

えぇー!!!

ショック~。

しかも、旭川から離れることに。

2歳児の時に出会ってから、5歳になってからはずっと毎年1回はうちに泊まりに来てくれたCちゃん。
娘にとっては、お姉さん的存在で、我が家の長女みたいなもんです。
その長女が結婚なんて。
うれしいけど、寂しさの方が大きかった。
コロナワクチンの副作用と一緒で、二日ほどCちゃんの結婚が頭から離れませんでしたが、今日なんとか、お祝いできる気持ちになりました。
めでたいよ。
でも、涙が出るよー。
多分、娘の結婚より寂しいと思う(笑)
今度7月の中旬に、娘がこっちに帰ってくる日にお泊りに来てくれることに。
5歳から始まったお泊りもこれが最後かな~。
今から楽しみにしています。。
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[ 2021/06/29 15:42 ] うれしい物語 | TB(0) | CM(0)

健康な体になりたい。。。

ふと思い立って、献血しようかなと思いつき、旭川の献血ルームを検索してみた。
駅前でやってるみたいでしたが、「服薬の方」のページで気になり、電話してみた。
自分が統合失調症だと告げると、さらりと断られた。
「状態が落ち着いてから、また。」
と言われたが、死ぬまで付き合わねばならない病気なので、気休めに聞こえた。

うさぎの掃除を済ませ、シャワーを浴びている時に「骨髄バンク」はどうだろうかと思い、検索。
また「服薬の方」のページで引っ掛かり、献血センターと同じところに電話して、ダメ元で聞いてみた。
やっぱり、さらりと断られた。
「状態が落ち着きましたら・・・。」
だから、落ち着かないんだよ!
本人が希望しても、健康じゃないと断られるんだなあとちょっとショック。

健康な体になりたい。

以前、奥さんと話し合って、免許証や保険証の裏に書かれている臓器提供ドナーにサインした。
死んでからでないと、社会に貢献できないんだな。
でも、臓器が服薬で使えない可能性もあるので、これも致し方ない。
もうこれ以上、自分の体で貢献することはない。
非常に残念である。。
[ 2021/06/26 14:32 ] 病気の物語 | TB(0) | CM(0)

奈良人と道産子。。。

今週はよく晴れて、次の日曜日も30度という予報。
「日曜日、30℃やって。」と言うと、
『じゃあ、焼肉するか。』と奥さん。

なんだかうれしそう。

つくづく思うのは、道産子は「夏は焼き肉、冬は除雪」というのが根付いているようだ。
自分としては、「えー、また焼肉。えー、また除雪。」となかなか体に浸透しない。
道産子はそれが当たり前のようだ。

よく考えると、奈良人は鹿が街中にいるのが当たり前で、道路に鹿がいたら横断するまで車は止まるのが当たり前になっている。
自分としては、そっちの方がしっくりくる。
道民になって24年目になるが、やはり血は奈良人なんだろうと改めて思う。
奥さんから見れば、そこら中に鹿がいるのは違和感があるそうで、修学旅行で鹿せんべいをあげている時に鹿にスカートをかじられ、「もうこんなところに来たくない!」と思っていたのに、まさか奈良の人と結婚するなんて思わなかったと笑う。
お互い郷土愛があっていいのかな。
娘は奈良と北海道のハーフだから、両方の興味を持ってくれていたらうれしい。。
[ 2021/06/25 15:00 ] 何げない物語 | TB(0) | CM(0)

うれしいこと。。。

昨日、今日とうれしいことが続きました。
昨日、まん延防止に変わった旭川はPM8時まで酒類提供できることになり、昨日休みだった奥さんと久しぶりにいつものカクテルバーに行ってきました。
PM5時オープンきっちりに来店し、テキーラサンライズとジンリッキーをオーダー。
マスターと3人で楽しく談笑しました。
「(客前で振るのは)久しぶりだなあ。」とマスターがシェーカーを振っていました。
奥さんは3杯飲み、PM6時前にはもう2組来店されました。
みんな待ってたんですね。
もちろん、ソーシャルディスタンスとっての空間で、酒を酌み交わしながら奥さんといろいろお話ししました。
帰ってきたのはまだPM7時。
作り置きしておいた親子丼を食べ、奥さんはビールを飲んで満足そうでした。
夜、寝るときに、久しぶりに奥さんに「好き」と言えた。
「母親でもなく、妻としてではなく、一人の女性として見て、やっぱり素敵やなあと思う。」
と告げると、
『フフ、ありがと。』
と笑ってくれました。
良い感じになったのに、猫が潜り込んできて、雰囲気を感じたのか、りくの足をかじってきました。
『ジェラシーじゃない?』
と奥さん。
2人で笑い合いました。

娘は、昨日学校が早めに終わったので、人生初の路面電車に乗って、前回、お話していたインターンシップの結婚式場まで一人で行ってきたそうです。
百聞は一見に如かず。
想像してたより建物は小さかったが、式場から出てくる車は高級車が多かったとのこと。
そして、今日担任の先生にインターンシップに行くことを告げました。
8月に面接、10月から仕事の予定。
また、「ビジネス接遇検定」を以前受けた結果がきて見事合格!
でかした、娘よ。
これからも精進せよ。

以上、うれしいことでした。。


[ 2021/06/22 15:40 ] うれしい物語 | TB(0) | CM(0)

どちらも勇気。。。

今日、娘が札幌に戻りました。
1ヶ月、旭川に避難していました。
明日から対面授業再開です。
そんな娘、悩んでいます。
学校ではインターンシップ制度がカリキュラムに組み込まれており、10月ころから企業が募集すると聞いていたんですが、先日いきなり娘があこがれている一流の結婚式場からインターンシップの募集が来たんです。
もちろん、即答でOKだと思っていたんですが、あまりに早急過ぎたのか、ビビる娘。
ここに働けて勉強できたら、ブライダルの経験は予想以上身につくでしょう。
娘の気持ちは揺らいでいます。
自分の経験上、あまり追い込むのはいけないと思い、奥さんとも話し合い、娘の判断に任せよう、ということになりました。
一歩踏み出す勇気もあり。
立ち止まる勇気もあり。
昨日、「父さん、やってみる。」と宣言した娘。
でも、今日、奥さんに「やっぱりもうちょっと考える。」と言い、「学校の先生に相談すれば?」と奥さんに提案され、「そうする。」ということで、考えることに。
25日までの期限なので、それまでじっくり考えて結果を待ちたいと思います。
どう判断するか、じっと待つのも親の仕事ですね。
しっかり悩んでくれ。
応援しています。。

[ 2021/06/20 15:31 ] 娘の物語 | TB(0) | CM(0)

おしゃべり。。。

体調はいいです。
朝の新聞読みは、かがまず、座椅子に座って本を読む感じでパラパラとめくると過呼吸になりません。
新聞がバサバサしますが、あまり気にならない。
かがむことでお腹が圧迫されて気持ち悪くて口呼吸になってたのかなあ。

一昨日は、こちらは32℃になり、さすがに今シーズン初のエアコンをつけました。
趣味でもあるスクラッチアートをコツコツ音楽を聴きながら削って作品を作っていると、娘が「課題が終わった~」と下に降りてきました。
16時くらいかな?
奥さんが帰ってくる18時まで2時間ずっと娘とおしゃべり。
将来の事、勉強の事、友達の事、自分の過去話などいろいろしゃべり合いました。
娘の意外な未来ビジョンも聞けて驚きました。
こんなにおしゃべりする父娘関係になれてうれしいです。。




[ 2021/06/13 15:50 ] うれしい物語 | TB(0) | CM(0)

原因は?。。。

朝起きて、朝食をとり、軽いストレッチをします。
そのあと20分くらいかけて新聞をしゃがんで読みます。
先週あたりから、新聞を読み始めるころから、過呼吸気味になっていることに気づきました。
ハアハアと口で呼吸。
内科の先生で教えてもらった鼻から吸って口でゆっくり吐く呼吸法をしようとするのですが、鼻から空気が吸えません。
フラフラするので、9時あたりから1時間ベッドで寝ます。
睡眠は十分とっているはずですが、1時間ぐっすり寝てスッキリ起きると、鼻呼吸ができます。

なんやろ?

思い当たる原因は、新聞の時になることしかないです。
特にストレスを抱えるような用事もここ数日ないし、特に問題ない。
新聞も気になる記事はジーと見ますが、そのほかはペラペラめくります。
明日は、新聞を午後に読むようにしたら、違うのかなあ。
熱もなく、食欲もあり。
ネットで検索しても思い当たる症状がありません。
ちょっと新聞を明日朝見るのやめてみます。
なんじゃろ?。。
[ 2021/06/08 15:19 ] 病気の物語 | TB(0) | CM(0)

選択的夫婦別姓。。。

「選択的夫婦別姓」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

簡単に言うと、結婚しても、夫または妻の姓に変えないこと。

国でも議論されているが、反対派の多い与党が壁になり、なかなか婚姻を認めてもらえない。
そんな夫婦を描いたドキュメントを深夜の教育テレビでやっていたのを録画して昨日見た。
自分としては、夫婦別姓に賛成派である。
選択的~という言葉がなかった時に結婚した我々は、しばらく奥さんは書類上りくの姓に変更したが、職場(保育園)では旧姓を使っていた。
その当時は上司も理解を示してくれた。
でも、娘が生まれ、同じ保育園に通い、確か年中のころかな?
「先生、Mちゃん(娘)の名前は、Kなのに、先生はなんでWなの?」
奥さんに子どもが素朴な質問をしたという。
それからは、奥さんも職場でりくの姓を名乗るようになった。
もう3,4歳で結婚したら名前が変わるという概念が植えつけられるんですね。
そんな教育をこの先ずっと続くと、永遠に夫婦別姓は成立しないだろう。
大概の女性が夫の姓を結婚したら名乗る風潮だが、通帳やカード、ハンコなどその他いろんな変更で面倒な思いをするのは女性の方だ。
結婚して、大好きな夫の姓を名乗れるのがうれしい、という女性はそれでいいが、奥さんは今振り返ると非常にめんどくさかったという。
ドキュメントの夫婦が、元政治家のドンと面会することができて、自分たちの思いをぶつけると、
「我々は天皇の子である。」
「あんたたちみたいな少数がいると国家が成り立たん。」
「身も心も愛し合っていないんじゃないか。」
「姉さん女房じゃないか。」
と最後には一人憤慨していた。
何とも、古くて情けない話だ。
こんな政治家が多数を占める与党では到底勝てない。
ある女性議員がこうも言っていた。
「生まれてくる子供がかわそうじゃない。」
「先祖代々受け継がれてきたものが途絶える。」
女性の議員の中にも家長制度を重んじる人がいる。
まあ、世間の親もそういう意見が多い事だろうと感じた。

「LGBT」という言葉も最近当たり前になってきたが、夫婦別姓と同じく、多数決で言うと少数派になり、辛い思いをする。
男だから、女だから、という考え方は子供のころから自然と植えつけられる。
世界を見れば、夫婦別姓やLGBTはもう当然のこととなり、法改正も進んでいる。
コロナワクチンと一緒で、日本はかなり出足が遅い国である。
実際、夫婦別姓で子供をもうけた夫婦の子どもは言う。
「確かに友達になんで名前違うの?て何回も聞かれ、答えるのに疲れるけど、別にいいじゃんて思う。」(12歳)
それを世間はかわいそうというのか、それとも、少数派の人間として世界の視野(LGBTを含め)が広がるんじゃないか、考えさせられる。
国にも、親にも認められない境遇の夫婦にエールを送りたい。
今後のりくたちの夫婦のカタチも家族で考えていかなければいけないなぁと思った日でした。。


[ 2021/06/07 15:31 ] 家族の物語 | TB(0) | CM(0)

清ちゃんメンバー。。。

今日も夕食の準備をしながら、ふと「清ちゃんメンバー」を思い出し、「みんなどうしてるのかなあ。」と思い、1年ぶりにグループラインしてみた。

東京の大学生時代に近所の障害者センターで、主に知的障害者とともに木曜日の会社や作業所帰りの余暇や月に2回日曜日のレクリエーションの支援をする有償ボランティアをやっていました。
職員が3人と仕事や年齢がバラバラのスタッフ10数名くらいで障害者の方と活動していました。
いろんな障害者の方、いろんなスタッフの方と笑い合い、考えさせられたり、とても居心地のいい場所でした。

そんな中でも、ダウン症の清ちゃんという男性に深くかかわった自分を含めたスタッフ6人は、今でも自分が東京に行くときは必ずいつもの駅広場で待ち合わせ、いつものレストランで会っています。

清ちゃんは、自分より10歳くらい上の方で、結構口も行動も粗暴な方で最初はびっくりしました。
障害者、て弱弱しくて助けが必要な方、という先入観があり、
「手助けしなければ!」
という考えがありましたが、清ちゃんは全然そんな人ではありませんでした。
「俺について来い!」的な感じで、最初はコミュニケーションもたどたどしかったんですが、一緒にバドミントンをしだしたころからいつも「くろちゃん、くろちゃん」と慕ってくれて、作業所の仕事の話や好きな子の話をしたりと、ダウン症だからとか知的障害者だからという枠から外れ、一人の個性のある人として同じ目線で関わることができました。
よく見れば、どのメンバーの方も「障害が個性」としてとらえることができました。
そんな清ちゃんは36歳に癌になり、手術をしましたが、もう末期だということが判明。
入院中は、仲の良かったスタッフと職員の方と交代交代時間ある時に見舞いに行き、病室で談笑していました。
入院中に清ちゃんの誕生日になり、病院の許可を得て、談話室でささやかな誕生日会もして、いつもつれない顔していた清ちゃんも照れ笑いをしていました。
退院後、緩和ケアで自宅に戻った時、職員の方から「これが最後かもしれない。」と言われ、6人で自宅にお見舞いに行きました。
家に着くと先客(作業所の所長さん)が来られ隣の部屋で待っていたら、なんだか別れるのが寂しそうな声で所長さんと会話されていた清ちゃんでしたが、自分たちが次に面会すると「なんだよ、お前ら。来てたのか。」といつもの清ちゃんに戻っていました。
「ほれ、くろちゃん、お茶、飲め。ミカンあるぞ。」と相変わらずで、ほっとしました。
大学を卒業し、奈良で保育士の資格を取るために大阪の短大の通信制で帰省している時に、職員から電話が。
「清ちゃんが亡くなった。」
覚悟はしていましたが、涙が止まりませんでした。
葬式には行けませんでしたが、墓参りはスタッフの何人かでお参りに行きました。
そのころから、関わってきた6人を「清ちゃんメンバー」という名で、いつも東京に行くときに決まったレストランで食事をして、思い出話や近況報告をするために集まりだしました。
年1回は会うようになりましたが、コロナでここ1年半会っていません。
上は60歳の方から年下は自分かな?職業もバラバラでしたが、みんな同期の友人みたいな感じで、清ちゃんが繋げてくれたような感じがします。
今、この時期みんな元気かなあ?と思い、ラインしました。

中学の時に、文化祭で分校だった重度重複障害児の生徒と関わることがあり、親も親族も誰も福祉に興味がなかった中で一人、ハッとするところがあったんでしょうね。
高校時代も何回かボランティアに参加しましたが、大学時代が一番接することが多かった障害者ワールド。
ほぼ知的障害者の人と関わってきましたが、中には大声を叫ぶ人やタオルを振り回してる人、医学事典で目を研究してる人、などなどいろんな人の中にいるとその空間が当たり前の世界になるんですね。
しかも支援しているというよりか「共有する」という感じになりました。
活動が終わった後、反省会があるんですが、最初はスタッフと職員だけだったんですが、気が付いたら何名かのメンバーも一緒に参加して、終わった後に近くのレストランに行ってお茶などをするのが恒例になりました。
周りからしたら、「また変わった集団が来た。」と思われたんじゃないかと今でも笑い話になります。
職員の3人の方にもずいぶんお世話になり、18歳で飛び込んだ障害者センターで恋愛相談から将来設計までいろいろ話を聞いてもらいました。仕事されているのに、いつも「〇○さ~ん」と言って相談に行き、快く仕事の手を止めてずっと話を聞いて下っていました。
今は、一人は老人関係の施設長をされ、一人は農業しながら福祉関係にも携わっておられ、いつも恋の相談していた女性の職員はまだ主任として同じところで勤められているということです。
障害者センターも様々な部署が固まっており、その中の一つに参加していたんですが、今では国の仕事も携わり、昔自分たちが騒いでいたような雰囲気はないと女性の職員がおっしゃっていました。スタッフもほとんどいないということだったので、一番いい時に参加できた4年間だったのかもしれません。
そんな青春生活を送らせていただいた場所に感謝し、清ちゃんと出会い、障害者とは何ぞやということを体感し、十数年後にはまさか自分が「障害者」になっているとはあの18歳の自分では信じられない事でしょう(笑)

まだ自分が小学生の頃に、バス停で母とバスを待っていると、大声を上げて走っていく障害の子どもが通り過ぎて行ったときに、母が、
「かわいそうに・・・。」
とつぶやいたのを覚えており、何か違和感があったのを思い出しました。

かわいそう?

いや、違う。

かわいそうではない。

先日、母と叔母が毎日散歩に行っている話を聞いて、途中で知的障害者のグループが散歩しているのにいつも鉢合わせすると言ってて、「かわいそうに・・・」とまた同じことを電話口でつぶやいた母に、

「お母さん、かわいそうちゃうで。その子にはその子の幸せがあるんやし、それも個性の一つやで。それに、もう僕も『障害者』やで(苦笑)。そんなん言ったら、僕もかわいそうになるで」
「あ、そうやな。」
と二人で笑いました。

娘は、あまり障害者の世界にはかかわってきていないかも。
でも、自分が障害者であることを自然と受け止めてくれているから、もしそういう世界に入っても大丈夫だと思う。

長々となってしまったが、ダウン症の人とすれ違うと清ちゃんと関わってきたスタッフの事をいつも思い出す。
ごたごたしたオリンピックが早く終わって、コロナが早く落ち着いたら、また6人で会えるのを楽しみにしたいと思った日でした。。
[ 2021/06/04 16:36 ] 自分の物語 | TB(0) | CM(0)

磁器婚式。。。

今日は入籍記念日です。
20周年記念日で、磁器婚式という。
奥さんが早番なので、そのあと大きなスーパーで刺身などおいしいものを買ってお祝いしようと考えています。
20年。
早かったように思います。
20年のうち17年は病気でしたので、奥さんには申し訳ないという気持ちと感謝の気持ちでいっぱいです。
いつまでも「ベストパートナー」でいたいと思います。。
[ 2021/06/01 08:30 ] うれしい物語 | TB(0) | CM(0)