お父さんの日記

こころの病になった専業主夫りくと家族の物語

線路は続くよ、どこへでも。。。

20090320141604

いよいよ今日でフィナーレです。。
このブログを立ち上げておよそ4年、6万件以上の訪問がありました。
病気の辛さを吐き出すために書き始めたこのブログ。
今思い返すとホントいろいろあったなあと感じます。
「線路は続くよ、どこへでも」というタイトル、一般的に歌われている「どこまでも」を少し変えて「どこへでも」と変えていたのに気づいた人は何人いるでしょうか。
人生という線路はどこへでも続いているんだという思いがありました。
娘は保育園を卒園して巣立ち、新たな人生を歩もうとしています。
りくも、でこぼこになった線路でも、脱線しないようにゆっくり前へ前へ歩んでいこうと思っています。
今まで、ここを訪れ、共感し、励ましていただいたみなさん、どうもありがとうございました。
同じ病気や症状で生きている方、必ず幸せはあるんだということを信じ、一緒に生きていきましょうね。

それでは、また会う日まで。。。
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[ 2009/03/21 16:00 ] 終章 | TB(0) | CM(2)

巣立ち。。。

今日はいよいよ娘の卒園式。。
無事、巣立ちました。
生まれて2カ月で保育園に入園して早6年。
何度も何度も涙が出そうになり、こらえるのが必死でした。
いろいろ考えるだけで、もうダーッと泣きそうでしたが、無事巣立っていきました。
卒園証書をもらった時に、大きくなったら何になるかみんなの前で言うのですが、
『大きくなったら珈琲屋さんになりたいです!』と言っていました。
たぶんりくの影響かと。。
なんでもいい。めでたい、めでたい。
密集の中に数時間しましたが、昨日の血管注射のおかげで何とか乗り越えられました。
今夜は、じいちゃん、ばあちゃんも来てパーティーです。
保育園なので明日も登園、3月31日まで保育園に行きます。
娘はただ今お疲れでお昼寝中です。。
[ 2009/03/20 14:08 ] 娘の物語 | TB(0) | CM(5)

血管注射で。。。

今日は通院日。
血管注射を久しぶりにしました。
直接血管に薬を入れるので、効果はすぐ現れます。最初はふらつきがありますが、家に帰ってくるころには落ち込んでいた心も上向きになっていました。
これで明日の卒園式もいけるな、と確信しました。
注射打ってまでの出席もちょっと悲しいですが。。
先生には相変わらず、仕事を休めと言われましたが・・・もうこれ以上休めないって。。
水曜日休みという勤務スタイルで何とか体を慣れたいところですが。
とにかく、明日は娘の晴れ姿をしかと目に焼き付けてこようと思っています。
[ 2009/03/19 20:32 ] 病気の物語 | TB(0) | CM(0)

初JAF。。。

昨日、車で出かけている時、中央分離帯に乗っかってしまい、左前輪パンク!

まじっ。

焦った。

そして初めてJAFを呼ぶことに。
20分くらい経ってJAFカー到着。
スタッフの人が神様のように見えた。
『あ~、これは修理工場に出さないとだめですね。けん引しますが、どこへ持っていきましょうか?』

今日は日曜日。毎回車検お願いしているところは休み。
そこで奥さんの昔ながらの飲み友達が整備工場やっているので、そこに連絡したら、今日はやってるって!
持つべきものは友達です。
日曜日なのに、同じタイヤと交換できて(これまた奇跡)、ホッと一安心。
「(酔ってない)素で会うのは初めてだわ。。」と奥さん苦笑い。
もちろん、JAFは会員なので無料でした。

困った時はJAFに連絡を!
[ 2009/03/16 17:04 ] 何げない物語 | TB(0) | CM(3)

通院日。。。

昨日は通院日でした。
水曜日を休みにした、と言ったら
『う~ん・・・それだけで大丈夫?』
と重い返事が。
やっぱり?と思ったけれど、これでやってみようと思います。
先生的には、水・木と休んだほうがいいと言われていました。
これは賭けなのかもしれません。
先生は医学的臨床的に判断してもう少し休んだほうがいいと考えてらっしゃるのですが、本人は水曜日だけで大丈夫と判断して決めました。
さあ、どっちが良かったのか。。
『頼むから、無理だけはしないでよ。』
と念を押されました。
ありがと、先生。。
[ 2009/03/13 16:16 ] 病気の物語 | TB(0) | CM(2)

りくの旅路。。。

このブログももう少しでフィナーレです。
たぶん、ここを訪れる方はもうマニア(笑)の方だけじゃないかと思うので、少し過去を書いてみようと思います。

みなさんは進路の岐路に来た時、自分は何がやりたいのか考えたことがありますか?

りくは18歳でその壁にぶち当たり、答えが見いだせず、奈良から札幌まで家出したこともあり、結局畜産の大学へ。
大学4年間で数々のアルバイトの仕事をしました。50は超えると思います。
なんでも一途に突っ走る自分に、視野を広げるためにいろんなことに挑戦した結果・・・広げすぎて今度は就職活動で何をしたいのかわからなくなりました。
でも、そこでいいなあと思ったのは子どもと接すること。
なので、実家に帰って、通信教育で短大に入学し、2年で保育士と幼稚園免許を取得。
最初の1年は近くの知的障害者の作業所の指導員として働きながら勉強しました。
これが結構きつかった。勉強と仕事の両立は本当に覚悟がないとできません。
でも、勉強はとても楽しかった。2年目は実習もあるので退職して勉強一本で。
単位もほとんど取ったころ、保育士をするなら北海道で!という思いが強くなり、札幌へ。
電話帳で旭川の保育園の事務局をしている保育園に電話すると快く承諾し、その後はとんとん拍子で仕事が決まり、卒業を待たずに旭川へ引っ越し。
それが11年前。
最初はパートで働いていましたが、前任の男性保育士が園児に性的いたずらをしていたことが発覚し、(りくにその子から訴えがあった)なんとか解決の糸を、その子のために何ができるのか考えていたにもかかわらず、園長の判断は、事実をうやむやにしてしまおうとし、それに猛抗議のりく。
結局、りくはほとんど追放状態になり、園長の指示で、他の保育園に派遣される。
その保育園で今の奥さんと知り合いお付き合いすることに。
それと同時進行していた就職活動は何と13倍の求人倍率を突破した学童保育の指導員に合格。
で、札幌へ。
でも、続かず、そのまま学生のころからやっていた子どものスキースクールのバイトへ。
半年ほど行っており、髪は何とロン毛。今から考えるとかなりキモい!
シーズン終了後は、旭川に戻り、イタリアンレストランでウェイターをしながら、正社員を探し、空港レストランで就職が決まる。
そして結婚!
と、同時に、異動が。
そこは車で通勤1時間もかかる山奥のホテルのフロント。
3年半やりました。クレームもろもろ仕事も膨大で大変でしたが、仲間がいてとても楽しかった記憶があります。
人と接することが大好きだたんですね。今では考えられませんが。。
でも、サービス業は土日祝日は当然出勤で、子どもや家族との時間がなくシフトも夜勤などがあり変則的。
家族と過ごしたい。
その思いで、土日休みの仕事探す。
たくさん落ちましたが、決まったのが病気になった原因の会社。
待遇は良かった。土日祝日休みで給料もホテルより良かった。事務的な仕事でしたが、電話対応には自信があったので大丈夫だと確信していました。
しかし、見極めが甘かった。
建設リースの会社なので畑違いの環境で、しかも社長を神様的に敬う怪しい社風。
そして、工場長のたびたびの罵声。(こういう人物、て内心は気が小さいやつだと思う)
そしてねちねち1時間2時間説教する支店長。(その時は支店長の横で直立姿勢)
休憩時間もないくらいの仕事量。

そして鬱発症。

それを言った時の支店長の言葉。
「そういう風に演じてるんじゃないか?」
診断書をたたきつけると、一変して「おれのせいじゃないよね?」とあわてる小さい男。
退職して、間もなく丸4年。
病気とも丸4年。
現在に至ります。

「自分は何をしたいのか?」

18歳から自問自答して、16年。
答えは見つかっていません。
自問した結果がこれか?て悲しくなることもあります。
本当の答えは死ぬ時に人生を振り返った時に分かるのかもしれません。
「自分は何をしたいのか?」なんて、そんなことはもうどうでもいい。
「今」を大事にして、奥さんと娘がそばにいて、働ける場所があればそれでいい。

人生はまだまだ続くんだ。
[ 2009/03/11 15:12 ] 自分の物語 | TB(0) | CM(2)

水曜は休みで。。。

昨日、職業センターの担当の方が会社に来てくれて、社長と3人で休みのことを話し合いました。
話はすんなりと進み、月・火と出勤したら、水曜は休み、そして木・金と出勤することになりました。
なので、明日は休み。
間に休みがあると、楽になるかな。
このリズムでペースが上向きになればいいなあ。
[ 2009/03/10 19:59 ] 仕事の物語 | TB(0) | CM(0)

心強い味方。。。

ぶ~ママさん、mameさん、コメント&心配していただきありがとうございます。

今日は仕事帰りに早速職業センターに行ってお話してきました。
スラスラ事情を言えた自分にびっくりしつつも、来週の月曜日に社長を交えて3人で面談することになりました。
手配はセンターでしてくれます。
こういうとき、心強いし、ここを通して就職して本当に良かったと感じます。
面談の内容は、「月・火と仕事行ったら水曜は休んで、また木・金曜と仕事に行く。」という話をしに行くつもりです。
先生はもっと休めと言うかもしれないけれど、これが精一杯。
明日はゆっくり休んで、日曜日は今シーズン最後のスキーに行ってきます。

ちょっと、ホッとした。
体調がこれ以上悪化しないように、心がけようと思います。
[ 2009/03/06 17:04 ] 病気の物語 | TB(0) | CM(4)

なんでかなあ。。。

先週から体調崩しています。
先生からは、仕事がんばりすぎ、疲れすぎだと言われています。
今週も火曜から今日まで体がだるく、注意散漫、泣き、叫びそうなざわめきという心の不安定さが続き、今日は午前中で早退し、病院へ。
また打たれた。。筋肉注射。
痛い、て。。
薬も増量。夕方飲んでた分、朝も飲むようになりました。
仕事も休みなさいと。。
「休めないんですけど。代わりの人、そんなに働けないんで。」
『そんなこと言ってる場合じゃない。りくさんの体が一番ですよ。』
「週五日働いているんで、水曜日に休み入れようかと考えているんですけど。」
『足りないわ~。この1週間はもっと休んで。仕事は多くて2,3回ね。』

え~っ。。そ、そんな。。

「障害者職業センター通して入ったので、そこ通して休みのこと会社と相談したほうがいいですか?」
『そのほうがいいですね。』

診察終わり、薬待ちの時に、職業センターに電話。
りくの担当の人が明日なら会えるということだったので(本当は他の人でもよかったけれど、カウンセラーの人が出払っているようで)、仕事の帰りに行くことにしました。

なんでかなあ。。
なんでこうなるかなあ。
人間関係も、仕事の内容も不満はないのに、仕事が原因で体調崩す。

先生の言っていることは正しい。
それがわかっているだけに悔しい。。

仕事長く続けるためには休んだほうがいいのはわかっているけど、大丈夫なのかなあ。
来週休むことになるのかなあ。
それは明日障害者職業センターの方と相談することになるけれど。
水曜だけ休もうかな。
それだと先生怒るかな。
でも、休むのはとても心苦しい。
明日は、仕事に行く。

自分に腹立たしいです。。
[ 2009/03/05 16:18 ] 病気の物語 | TB(0) | CM(2)